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#54 コーチングにおける暴力

暴力を振るうことなく
選手の意識改革を促すには
どうすればいいか。

スポーツ科学部 スポーツ科学科

髙尾 尚平 講師

髙尾尚平講師の専門は、体育?スポーツ哲学 。暴力、体罰、倫理、スポーツ指導、スポーツ科学論、他者論などをキーワードとして、コーチングのあり方を研究しています。髙尾先生に、コーチングと暴力について話を聞きました。

社会課題

桜宮高校の暴力事件から、「NO!スポハラ」活動へ。

 2012年12月、コーチによる暴力で生徒が自殺するという痛ましい事件が起きました。大阪市立桜宮高校(現?大阪府立桜宮高校)のバスケットボール部の主将だった当時17歳の男子生徒が、当時の顧問から体罰や暴言を繰り返し受けた後、自殺し、元顧問は傷害などの罪で有罪判決を受けました。

 この暴力事件を機に、スポーツ界は暴力と本格的に向き合い始め、翌年、「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」が出されました。その後、コーチ教育を見直す機運が高まり、日本スポーツ協会はスポーツ庁より受託し、コーチ育成のための「モデル?コア?カリキュラム」を作成。さらに、その10年後の2023年から、「NO!スポハラ」活動が始まりました。これは、スポーツ界から暴力、暴言、ハラスメントなどの不適切行為(スポハラ)を排除し、だれもが安全?安心にスポーツを楽しめる社会の実現にみんなで取り組む活動です。

 その一方で、コーチ教育にもさまざまな工夫が取り入れられ、より良いスポーツ指導者を育てていく取り組みが行われています。こうした取り組みがどういう成果につながるか、その行方に関心が集まっています。

INTERVIEW

コーチの原点は、目的地まで人を運ぶ役割。

最初に、コーチという言葉の概念を教えてください。

髙尾

コーチはもともと「馬車」を意味する英語で、19世紀のイギリスで「家庭教師」を意味する言葉になり、スポーツ分野ではパブリックスクールというイギリスのエリート養成学校で、「スポーツの指導者」を意味する言葉になっていきました。語源からすると、コーチは「目的地まで人を運ぶ」役割を担っていると考えられます。

人に教える「ティーチング」ではなく、目的地まで連れていくのが「コーチング」ということでしょうか。

髙尾

いえ、そう単純には割り切れないと思います。よくティーチングとコーチングは対立の概念で捉えられがちですが、コーチングのなかにはティーチングの要素も含まれます。まずはやり方をティーチングしないと成り立たない部分もありますからね。スポーツの世界でコーチングと言われるのは、教える以外に、やらせてみる、見守ってみるなど、さまざまなアプローチがあるからだと思います。

先生がコーチングの研究を始めたのはどういう経緯からですか。

髙尾

もともとバスケットボールをしていて、コーチになりたいと考え、体育の教員免許を取るために体育大学に進学しました。その大学時代に母校でバスケットボールのアシスタントコーチをしていたのですが、そのとき、コーチの体罰で生徒が自殺するという、桜宮高校の暴力事件(社会課題のコラム参照)が起きて、非常に衝撃を受けました。そこから、「コーチングにおける暴力」に強い関心をもって勉強を始めました。

なぜコーチは暴力を振るってしまうのか。

桜宮高校の事件以降も同じような事件が起きています。どうしてコーチによる暴力は起きてしまうのでしょうか。

髙尾

もともとコーチングは暴力を生じやすいものだと考えています。近代的なコーチングで、暴力をなくしてクリーンにしていくことは、一つの理念としてめざすべきではありますが、選手の意識をいまとは違う方向へ向けさせよう、という局面において、コーチングは暴力と親和性をもちやすい、というのも、また事実です。たとえばピッチャーに変化球の投げ方を教えるとき、投げ方そのものは科学的に教えることができます。しかし、選手が変化球を投げたくない、あるいは自分の投球フォームを変えることに恐怖を覚えている場合、コーチは選手の変化球に対する考え方の変換を図らなくてなりません。そうなったとき、暴力は選手の意識の向きをパッと変えるための手っ取り早い手段として選びだされることがあります。

手っ取り早い、身近にある手法というわけですね。

髙尾

そうです。暴力というのはそもそもあってはならない過剰な力ですよね。だからこそ、暴力が起きると、みんな「え?」となって、意識の向きをパッと変えさせられてしまう。そして、指導者が真面目で頑張ってしまうタイプほど、そういう局面で「なんとかしなくては」と迫られ、暴力を振るってしまうのではないでしょうか。野球やバレーボールなど集団形成が求められるスポーツでは、より一層、目標に導かないといけないんだというベクトルが強化されます。指導者の熱心さというところでは、桜宮事件の後、顧問教諭を擁護する署名運動も起きました。生徒は亡くなったけれど、あくまでも厳しい指導だった、情熱のある指導だったという認識が周囲にあったからです。

周囲が容認するからこそ、体罰はずっと伝承されてきたのでしょうか。

髙尾

それもあるでしょうね。2013年、桜宮事件の翌年、大学生を対象に暴力に関する意識調査が行われました。それによると、体罰経験のある人の57.8%は、運動部活中の体罰や暴力は必要だというふうに回答しています。体罰を肯定する人は、体罰によって今まで見えなかった世界がパッと開かれて、うまくいった。そういう体験をした人たちが多いのではないかと思います。

コーチングはアートであり、お笑いライブに似ている。

コーチが与えた体罰を交えたきっかけで、成長した選手も多いわけですね。

髙尾

そのように自身の経験を解釈している人は少なくないでしょう。だからこそ、その体罰に代わるやり方を見つけることが、暴力をなくしてゆくためには不可欠だと思います。まさに私はそのことを研究しているところなのですが、鍵を握るのは、その場のコンテクスト(状況、文脈)をパッと変えられるような指導者の働きかけではないかと考えています。たとえば、これは実際にアメリカで起きた話ですが、コーチKが率いるデューク大学のバスケットボールチームが、ある試合、残り2.1秒の時点で、1点差で負けていたんです。バスケットで、残り2.1秒1点差というのはかなり絶望的な状況ですが、コーチKはタイムを取った。そして、みんなに向かって“We are going to win.(我々が勝つぞ)”と言って、その後の攻め方の指示を出した。で、実際にゴールを決めて勝ったんです。

負けると思っていたら、勝つと言われ、選手は驚いたでしょうね。

髙尾

そうです。それがまさに、「コンテクストに亀裂を入れる」ということです。負けそうな自分たちという文脈に対し、違う見方を開くわけです。それは、たとえるならお笑いライブに似ていると思うんですね。お笑いでは、真面目なコンテクストをつくりつつ、パーンと違うコンテクストを挿入することで、緊張と緩和が生まれ、笑いが起きますよね。ミュージシャンの路上ライブも同じような演出があると思いますし、コーチングにはそういうアーティスティックな部分が含まれているのではないでしょうか。

コーチングの技術は実践することで磨かれていく。

コーチングは科学というよりも芸術ということですか。

髙尾

はい、私はコーチングはアート、芸術の側面を多分に含んでいると考えています。科学であれば、ある方程式に従って選手の意識を必然的に転換させることができるはずですが、実際はそうはいきません。人の意識が変わるきっかけは、非常に偶発性をはらんでいるものです。選手の意識転換も、指導者と選手の関係性のなかで偶然起こる部分が大きく、再現性は極めて低いのではないでしょうか。ですから、コーチはある種、祈りに近いような感覚で選手に対していろいろなアプローチを試していきます。それは、芸術家が偶発性を取り入れながら、新しい創作にチャレンジする行為にとても似ています。もちろん、暴力のように相手に触れることなく、相手の意識を転換させようとするわけで、そこには非常にアーティスティックなエネルギーとセンスが必要になると思います。

コーチングの技術を身につけるには、どうすればいいでしょうか。

髙尾

今、申し上げたように、コーチングはアートなので科学化することが難しく、「こうしたら、選手の意識が変わる」「こうすれば暴力がなくなる」といった因果関係で成り立たない部分が多くあります。それだけに、コーチの教育もとてもむずかしくて、ライセンスや制度でカバーできる限界があります。すなわち、コーチングというのは理論知だけでなく、実践知が必要で、人との関わりのなかでしか学べないことが多くあります。そこで、国外の研究者のなかには、コーチ教育には師弟関係が大切だという人もいます。いい指導者のもとでアシスタントコーチとして、いい実践を積み重ねてスキルを磨いていくという考え方です。それはとてもいい方法だと思いますが、そのとき、選手の保護者たちの姿勢も問われます。「殴ってでもうちの子をなんとかしてほしい」という親が多くいれば、そういう実践知が身についてしまいますから、周囲の考え方もまた変わっていかないといけないと思います。

これから先、コーチングから暴力はなくなっていくとお考えですか。

髙尾

暴力の解決ではなく、コーチングはこうやって進めるものだということが理解され、浸透していったとき、暴力はやっとなくなるのかと思います。ただ、はたしてその日が来るかどうかはわかりません。それぐらい、暴力は難しい問題だと思いますが、だからこそ、暴力に代わるコーチングについてさらに追求していきたいと考えています。

JSPO(公益財団法人日本スポーツ協会)のチャレンジ

JSPOは、ストックホルムオリンピック大会(1912年)参加を契機として、「国民スポーツの振興」と「国際競技力の向上」を目的に、1911年7月創立。以来、国民スポーツの普及?振興に貢献し、近年はスポーツ?ハラスメントの問題にも意欲的に取り組んでいます。

スポハラは絶対いけない、
という考えをもつ人の輪を
大きく広げていく。

JSPO(公益財団法人日本スポーツ協会)

東京都新宿区霞ヶ丘町4-2
JAPAN SPORT OLYMPIC SQUARE

https://www.japan-sports.or.jp

【関連リンク】
「NO!スポハラ活動」特設サイト

https://www.japan-sports.or.jp/spohara/

JSPOホームページ

https://www.japan-sports.or.jp/

2023年、「NO!スポハラ」活動をスタート。

 JSPOは、中央競技団体や都道府県スポーツ協会などの加盟団体と協力しながら、スポーツ推進に関わる多彩な事業を運営しています。国内最大規模の「国民スポーツ大会(旧?国民体育大会)」や原則35歳以上を対象にした「日本スポーツマスターズ」の開催、「日本スポーツ少年団」や「総合型地域スポーツクラブ」の創設?活動を支援するための活動などを行っています。また、5つの領域にわたる19種(2024年現在)の公認スポーツ指導者資格を設け、スポーツ指導者の育成に力を注いでいるほか、スポーツ医?科学の研究などにも取り組んでいます。

JSPO -日本スポーツ協会-(YouTubeチャンネル)
【NO!スポハラ活動】『スポハラ』ってなに?

https://youtu.be/4w8pvzGtxHY

 こうした幅広い取り組みのなかで、近年、とくに力を注いでいるのが、スポーツ?ハラスメント(以下、スポハラ)撲滅の活動です。スポーツ界において、「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」が出された2013年から10年を経た2023年、日本オリンピック委員会、日本パラスポーツ協会、日本中学校体育連盟、全国高等学校体育連盟、大学スポーツ協会とともに、「NO!スポハラ」というスローガンを掲げ、大々的な取り組みをスタート。決意も新たに、スポーツにおけるハラスメントの根絶をめざした活動を展開しています。

不適切行為への対応と予防?啓発活動を、地道にコツコツと。

 「NO!スポハラ」活動の主な取り組みは、大きく分けて二つあります。一つは、不適切行為にしっかり対応することで抑止力を高めることです。JSPOでは、2013年に暴力行為等相談窓口を設け、スポーツ少年団の団員、学校部活動の生徒や学生、地域スポーツクラブの会員からトップアスリートまで、どんな選手でもスポハラの被害について気軽に相談できる体制を整えました。相談を受けるのは、弁護士資格をもつ専門家です。被害者サイドからの暴言?暴力などに関するさまざまな相談に対応し、違反行為の有無を確認。処分の対象となりうる事例については調査の上、処分審査会で処分を決めています。二つめは、予防?啓発活動です。「NO!スポハラ」というスローガンを通じて広く知ってもらい、スポハラそのものが起こらない環境をつくるために、メディアでのPR活動、セミナー、ワークショップなどを積極的に展開。暴力?暴言などを使わなくてもそれぞれの目標に応じた指導ができることを、さまざまな機会を捉えて社会へ発信しています。

 これまでの相談内容を振り返ると、殴る?蹴るといった暴力行為の相談内容の割合は、近年明らかに減少傾向にありますが、その代わりに、言葉の暴力の相談内容の割合が増えているという現実もあります。むろん、目に見えない形での不適切な行為も決してあってはならないものです。今後もJSPOは、心に傷を負わせるハラスメントも含め、「NO!スポハラ」の理念を共有できる指導者や関係者を一人でも多く育て、増やし、選手がのびのびとスポーツができる環境づくりをめざしています。暴力や暴言、ハラスメントに対し、みんなが「NO!」と言える社会へ。JSPOの挑戦は明日へと続いています。

「NO!スポハラ活動」特設サイト

https://www.japan-sports.or.jp/spohara/

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