
児童養護施設「子供の家」職員
滝澤 ジェロムさん
JEROME TAKIZAWA
社会福祉学部 2022年3月卒業
愛知県/名古屋市立名古屋商業高校 出身
子どもたちを守る大人への道を、
ひたすら走り続けたい。
そんな中で、国籍や在留資格の問題を抱え、生活もままならない子どもたちも多い。
滝澤ジェロムさんは、23歳。
日本で生まれ、日本で育った。海外への渡航経験はない。なのに日本国籍はない。
非正規滞在者の子どもだった彼もまた、日本の法律や制度のはざまで、さまざまな制約に縛られ、苦しんできた子どもの一人だ。
今年、云顶娱乐棋牌_云顶娱乐网址¥app下载官网を卒業し、中学生のころから目指してきた児童養護施設の職員として働いている。
小学4年生のころから児童養護施設で育った。
その時、親がいないという子どもたちをたくさん見た。
ふつうなら親と一緒に暮らす年ごろなのに、なぜ。
そんな思いから中学生時代には、そういう子どもたちのために何かしたいと考えるようになった。
子どもを守れなかった大人を見てきた。見て見ぬふりをする大人を知っている。
子どもを守る大人を目指して、ずっと走り続けたい、
それが滝澤ジェロムさんの、変わることのない思いだ。


云顶娱乐棋牌_云顶娱乐网址¥app下载官网での
さまざまな出会いと体験。
高校の進路ガイダンスの時、当時僕が暮らしていた施設の職員の方に相談すると、云顶娱乐棋牌_云顶娱乐网址¥app下载官网への進学を進めていただきました。さっそく大学の相談会に出かけ、対応していただいた大学職員の方に「福祉を学びたい」「子どもたちのことを学びたい」という気持ちを真っ先にぶつけました。児童養護施設の職員になりたいという思いを実現するためには云顶娱乐棋牌_云顶娱乐网址¥app下载官网しかない、と決めていました。
大学職員の方は、「強い思いはわかったから、じゃあどうしたら云顶娱乐棋牌_云顶娱乐网址¥app下载官网に入学できるか考えよう」と言っていただきました。そして「こういう準備をするといいよ」「こういう入試方式があるよ」、など親身になって教えていただきました。
商業高校って、「数字」の世界なんです。計算機で答えが出せる、みたいな。でも福祉って何が必要なのか、何をどう学ぶかなんてまったくわからない。答えのわからない世界に飛び込んじゃったなというのが最初の印象です。4年間やっていけるかなと不安や戸惑いがありました。だから、ゼミの先生や職員の方々にはほんとうにいろいろ相談に乗っていただきました。いろんなアドバイスをいただいたんですけど、今も印象に残っているのは、「自分がやりたいことを貫き通せばいい」ということ。
1年生の時に、フィールドワークで児童養護施設や自立援助ホームなどを見学しました。児童養護施設では僕も暮らしたことがあるので、どうしても僕の場合と比較してしまいますが、雰囲気とか環境は違うなって。思ったより冷静に観察できたような気がします。
フィールドワークでは、施設の職員の方々や地域の方、利用者の方々など大人の方々とのふれあいが多かったと思います。そうした方々に話を聞いたり、動きを見せていただいたりして、実践的な知識やスキルを知る機会になりました。卒業してから児童養護施設で働くことになるんですけど、この体験はとても役立ちました。
大学時代は、フィールドワークやボランティア活動などを通して、ずいぶん社会人とのやり取りが多かったかなと思います。いろんな方とお会いして、いろんな知識や感覚、思いとかいうのを、一緒に語り合う機会をいただきました。やっぱりたくさんの人々に出会うというのは、大きな経験だったと思います。中学生のころからずっと続けてきたボランティア活動もその一つですね。「アウトリーチ活動」というんですが。


卒論に書いた、
「彼らのために走り続ける」と。
「アウトリーチ」とは、「手を差し伸べる」という意味があり、支援が必要なのに届いていない人たちに対して、情報や支援を届けたり、働きかけたりする活動です。僕たちの場合は、青少年とか少女が集まっている場所、例えば公園とか繁華街に直接出向いて、彼らの声を聞く活動をしました。
そこでは、家出しようとしている子どもたちや、ちょっと違法な店でお金を稼いでいる少女にも出会いました。活動を続ければ続けるほど、「なんでこの子が施設に入れないのか?」、「なんで支援を拒否してしまうんだろう」とか、すぐには答えの見つからない問いに何度も直面しました。
彼らのような子どもたちに対して、福祉はどうやって対応できるんだろう、ということもきっかけになって、卒業論文の研究がスタートしました。
卒業論文は、今、児童養護施設の中で、非正規滞在者の子とか外国籍の方、外国人労働者の子が入ってくるケースが徐々に増えているというデータを見て思いつきました。この状況に対して日本という国は、日本の法律は、そして福祉はどうやって対処するんだろうというところからスタートしました。
コロナ禍や個人情報の関係で、取材は難しかったので、自分自身の体験に根差した研究に近いものになりました。卒論のタイトルは「日本に暮らす非正規滞在の子どもたちへの支援と課題」。非正規滞在であるがゆえにお金を稼ぐことができないことや無国籍ということで苦しんだり、悩んだりする子どもたち。
「知らないふりではなく気づいてほしい。理解してほしい。私と同じ境遇の子どもたちはたくさんいます。彼らのためにも走り続けます」。
そんなふうに卒論を結びました。
4年生の時の8月だったかな、東京にある「児童養護施設子供の家」の施設長早川悟司さんに連絡を取りました。早川さんも云顶娱乐棋牌_云顶娱乐网址¥app下载官网の卒業生であり、僕が非正規滞在者の子としてアルバイトもままならず生活が苦しかった大学生の時、学費を出してくれた恩人でもあります。ここで面接や見学を受け入れてくれて、「児童養護施設子供の家」への採用が決まりました。


今、子どもたちを守る仕事場に立って。
「子供の家」は、2歳から通常は18歳までの子どもたちを預かる児童養護施設です。子どもたちに合わせたサポートをしていて、就職や進学などを希望する子たちのサポート、中には医療的ケアが必要な子もいたりしますが、出た後は1人で暮らせるように、さまざまな取り組みを行っています。
職員数が多いのも「子供の家」の特色の一つです。ここに住む子どもたちが50人程度、これに対して職員は90人程度います。
ここで僕は、自立支援棟というところに配属されています。ここは20歳以上の利用者が生活し、22歳まで暮らすことができます。自立支援棟の子たちは、僕とそんなに変わらない年齢ですからわかることもある。でも、わからないこともある。どう接したらいいか戸惑うこともあります。
僕は、「傾聴」に徹することにしました。「傾聴」というのは、否定することなく、相手の気持ちに共感し、相手の立場になって耳を傾けることです。子どもたちの希望や悩みとかを聞いて、受け止めて、僕のいろんな経験とか知識を生かしながら、「こういうふうにしたらいいんじゃない?」などのアドバイスをします。中には、同い年の入所者に「ちょっと他の職員には言えないんだけど、ジェロムなら話せる」と言われたりすることもあります。
それでもやっぱり、うまくコミュニケーションが取れない子がいます。こちらからどう伝えてもうまくいかなかったりする。そうすると、イライラするのか、ものに当たったりすることもあるんです。そんな時、「もうちょっと簡単に分かりやすく説明してあげられなかったかな」って反省します。きちんと子どもたちの気持ちを汲み取るにはどうしたらいいんだろうと、今も悩み続ける日々です。


家族って、何だろう。
ふだんのくらしって何だろう。
今、思い返すと大学の先生方は、「支援」という言葉をあまり使わなかった。「支援」ではなくて、「寄り添う」。その大切さを現場であらためて感じました。先生方が支援という言葉を使わなかった、その意味が分かったような気がしています。
支援というスタンスでは、どうしても「仕事だから」という感じになりがちです。ボランティア活動でも感じてきたことですが、この子たちが求めているのは「支援」じゃないんだなって。一緒にいてほしい、そばにいてほしい、ただそれだけの感覚なのかなって。その気持ちをどうやってすくい上げてやれるのか、まだわかりませんが、それは「家族」みたいなものかなと思ったり。
今でもすごく悩んでいますけど、家族って本当に何なんだろうなって思います。お父さんお母さんがいて、それに自分がいて、あるいは弟とか妹がいて、それくらいのイメージしかありません。でも、彼ら彼女らが児童養護施設で僕たちと家族のように暮らして、そして出ていった時には、どうするんだろうと思います。子どもたちにとっては、長年親と会わなくなってしまうと、ここを出た時にもう一度親を頼れるかどうかわかりません。大きくなればなるほど、やっぱり母親、父親という感覚は薄れていくでしょう。でも、その分、それ以上の愛情を、僕たちは分け与えてあげられるのかな、と。血のつながりだけで親だ子だというのは、違う。寄り添って、いつも一緒にいて、触れ合って、話して、そういう中で育まれていく家族のあり方を追求したいと思っています。


ゆくゆくは、ここを出た子たちが、いつでも帰ってこられる場所をつくっておきたい。もし何らかの事情でなかなか帰れなくても、ここに立ち寄ればくだらない話ができるとか、悩みやグチを聞いてもらえるとか、ご飯出せるよとか、そういう居場所をつくりたいと思っています。
大学の時に、「ふくし」とは「ふだんのくらしのしあわせ」って教えてもらったんですが、まさにそうだなと思っています。子どもたちにとっては、施設での暮らしこそが普段の暮らしなんですよ。でも、幸せかどうかって、そこは彼らにしか分からないなって。
彼らにしてみれば、元住んでいた地域や親元、学校も離れてここに来ているわけですから、そもそも普段の暮らしができてなかったりするんですよね。それでも彼らは一生懸命ここで暮らしている。ゼロから新しい暮らしを組み立てようとしている。それってかなり子どもたちにとってしんどいだろうなって思ったんです。彼ら、彼女らにとっては、大人から普段の暮らしを奪われたという感覚かもしれない。その感覚がずっと残れば残るほど、幸せにはなれないかもしれない。彼らにとっての幸せ、普段の暮らしって何だろうというのは、今後も追求し続けていきたいと思います。
この施設にいる間に、彼らはあと何回「おかえり」「ただいま」が言えるんだろうって思うんです。でも、彼らが一人暮らしを始めればもう彼らにそういう言葉はかけられなくなるんです。ほとんどの子たちは親元には帰れません。だからこそ「おかえり」「ただいま」という声かけを、今後も大事にしていきたいと思います。


すべての活動を
子どもたちのために。
施設の職員としての仕事の他に、「子どもアドボカシー」「アメラジアンスクール沖縄」などの団体の取り組みに関わっています。「アドボカシー」って、代弁するという意味なんです。子どもたちの声を代弁する役割。大人が子どもたちの味方になって、本当にそばにいて、子どもたちが直接言えないことも、僕たちが代弁する。そんな代弁者を育てるということでしょうか。子ども家庭庁が2023年4月にできることになっていますが、それに歩調を合わせて進めていきたいという思いもあります。
また沖縄では、基地があるせいかアジア人とアメリカ人の間に生まれた子どもたちが多いんです。そういう子どもたちを「アメラジアン」と呼ぶようですが、そういう子どもたちのために「アメラジアンスクール」というのがあります。言葉の問題もあり、どうしても日本の学校では馴染めない子どもたちが来ています。日本の教育制度ではフォローが難しい子どもたちの学ぶフリースクールのようなもので、日本語と英語の両方で授業をしています。
こうした取り組みは、すべて個人的な関わりで、主に休日を利用して行っています。このようにいろんなところでやっている子どもたちのための活動が、児童養護施設での仕事に還元されています。もちろん児童養護施設での仕事が、このような取り組みに還元されたりすることもあります。
いろんな方に言われます。「働き過ぎじゃない?」とか、「身体は大丈夫?」とか。「なんでそこまでやってるの」って。
でもやっぱり、いろんなところに行っていろんな人に会ってインプットしたり、それらを多くの人に伝えるアウトプットは続けたいと思っています。とにかく今は、子どもたちを守る大人になるために、どんどん走り続けよう。倒れることなくいろんな方に僕の思いや学んだこと、体験したことをつないでいこうと思っています。


※掲載内容は2022年10月取材時のものです。
小学校の時から野球が大好きだったので、施設の子どもたちとたまに野球を楽しみます。この時だけは、僕にとって「オフ」の状態です。野球以外、何もやらない、何も考えない。「今日は業務とかやらないからな」と言って。
野球って、守る時はみんな一緒にグラウンドに出て、それぞれの持ち場がある。そこでは本当に一人一人の個性だったり、感覚だったり距離感だったり、それが合わさって試合ができあがる。だから、たとえば敵のバッターが打った1球を追いかけてみんなが走る、という感覚はものすごく大事だなと思って。
みんな一人ひとりが持っている異なる力を、持ち寄って、補い合って、お互い寄り添いつつ、走りながらこの仕事を組み立てていきたいと思っています。
